2011年 02月 16日
かみさまにおねがい
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人に話してもなかなか信じてもらえないのだけど、5年くらい前の元旦に、フェリーに乗りたくて新潟の佐渡島へ渡ったときのこと。

元旦には珍しく、日本海は美しい快晴で、フェリーは寺泊港から佐渡の赤泊港へ到着した。
フェリーに乗るのが目的なので、佐渡に着いても特にアテがあるでもなく(元旦なのでどこも閉まっていた)、帰りのフェリーまでの一時間、私は港周辺をぶらぶら散歩することにした。
民家に面した通りをなにげなく歩いていると、目の前を一匹の白い猫が横切った。毛並みもぼさぼさで目もあんまり開いていないような細身の猫だ。港町っぽいなと思っていると、何メートルか先でその猫が立ち止まって私を振り返る。

ついてこいと言われているようで、なんとなく方向を共にする。猫が数メートルごとに歩みを止めていちいち私を確認するように振り向くのが何とも不思議である。ふっと脇道に入っていくのを追うと、民家と民家の間に小さな石造りの階段が続いているのが見えた。猫は数段上でじっと私を待っている。
新潟でも正月の頃では、まだ雪は本降りにはならない。この年は確か小雪で、日陰にところどころ凍った白い固まりが残る程度だった。ようしそういうことなら、と私は階段を上ることにする。するすると前を行く白い猫は、確実に私をどこかへ案内しているように見えた。
階段を上りきった高台には、小振りの神社があった。猫は開かれた本堂へあがると、そのまま畳の上で足を揃えてちょこんと座り、じっと何かを待つ。猫の足下には10円玉が落ちていた。何となく神妙な気持ちになった私は、お賽銭をあげ、しばらく猫と一緒に手を合わせて新年に祈ることにした。掘りごたつがしつらえてある畳の奥は静かに暗く、人の気配はない。自分がひどく奇妙な世界に生きているような、と同時に誰かがこの様子をどこかに隠れて見ているような、そんな気がした。

招き猫というのかな、あれは。なんとも奇妙な体験をしたものだ、と家に戻って家族に話したけれど、皆最初は笑うだけだった。現像した写真がなかったら誰も信じなかったに違いない。ふたつ下の弟は自分も体験したいと言って、次の日か次の年か、わざわざ佐渡に行ったらしいが、猫には会えなかったとのこと。もし、今もう一度あの猫に会えるなら、LUCYの初の単行本『かわいい手紙』がより多くの人に読まれますように、と祈ろう。本日より書店に並ぶ模様です。何卒よろしゅう!


元旦には珍しく、日本海は美しい快晴で、フェリーは寺泊港から佐渡の赤泊港へ到着した。
フェリーに乗るのが目的なので、佐渡に着いても特にアテがあるでもなく(元旦なのでどこも閉まっていた)、帰りのフェリーまでの一時間、私は港周辺をぶらぶら散歩することにした。
民家に面した通りをなにげなく歩いていると、目の前を一匹の白い猫が横切った。毛並みもぼさぼさで目もあんまり開いていないような細身の猫だ。港町っぽいなと思っていると、何メートルか先でその猫が立ち止まって私を振り返る。

ついてこいと言われているようで、なんとなく方向を共にする。猫が数メートルごとに歩みを止めていちいち私を確認するように振り向くのが何とも不思議である。ふっと脇道に入っていくのを追うと、民家と民家の間に小さな石造りの階段が続いているのが見えた。猫は数段上でじっと私を待っている。
新潟でも正月の頃では、まだ雪は本降りにはならない。この年は確か小雪で、日陰にところどころ凍った白い固まりが残る程度だった。ようしそういうことなら、と私は階段を上ることにする。するすると前を行く白い猫は、確実に私をどこかへ案内しているように見えた。
階段を上りきった高台には、小振りの神社があった。猫は開かれた本堂へあがると、そのまま畳の上で足を揃えてちょこんと座り、じっと何かを待つ。猫の足下には10円玉が落ちていた。何となく神妙な気持ちになった私は、お賽銭をあげ、しばらく猫と一緒に手を合わせて新年に祈ることにした。掘りごたつがしつらえてある畳の奥は静かに暗く、人の気配はない。自分がひどく奇妙な世界に生きているような、と同時に誰かがこの様子をどこかに隠れて見ているような、そんな気がした。

招き猫というのかな、あれは。なんとも奇妙な体験をしたものだ、と家に戻って家族に話したけれど、皆最初は笑うだけだった。現像した写真がなかったら誰も信じなかったに違いない。ふたつ下の弟は自分も体験したいと言って、次の日か次の年か、わざわざ佐渡に行ったらしいが、猫には会えなかったとのこと。もし、今もう一度あの猫に会えるなら、LUCYの初の単行本『かわいい手紙』がより多くの人に読まれますように、と祈ろう。本日より書店に並ぶ模様です。何卒よろしゅう!

by iwafuchimisao
| 2011-02-16 05:54
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