2010年 06月 01日
どこにいたってそれは大変
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夏の暑い日、シベリア鉄道ウスリー線に乗った。
信じられないくらい狭い2等の四人部屋に一緒に乗り込んだ、60歳くらいのロシアのおばあさんに気に入られて、二人でベッドに腰掛けて紅茶を飲んだりお菓子を半分こしながら夜中に大陸の西の方を目指す。彼女がロッテアーモンドチョコのパクリ品みたいなお菓子をくれたので、私は薔薇の絵入りのクッキーをあげる。ハバロフスクの実家に帰るの、と言いながら彼女は私のカップにもお湯を注いでくれた。私は美術の先生をしているの。結婚していた時もあったけど、今はひとり。夫は暴力を振るう人だった。頬を殴るの、ばちんばちん、て。だから私、男の人は嫌い。特にヒゲを生やした男の人はとても怖い、大嫌い。
私たちはカップを掲げ、声を揃えて「チャーイ!」と叫ぶ。ロシア語でお茶はチャーイ。かわいくて元気になる言葉だと思う。
ウラジオストクを21時に出た列車は、翌朝の8時にハバロフスクの駅に着く。ロシアの夏の夜はいつまでも明るくて、10時を過ぎてもまだ夕方のよう。ふたつ並んだ二段ベッドにシーツを敷いて寝床を作りながら、彼女は私に1から10までの数字のロシア読みを教えてくれた。14日までハバロフの家にいるわ、ねえこの通り沿いよ。そういって私の持ってる地図に印をつける。時間があったら遊びにきてね、住所を書いておくから、ああ!でもほんと日本人て若く見えるのねうらやましい。私なんてとってもおばあさんに見えるでしょう……。
トイレに立ったついでに列車の窓から見た明け方の異国の空があまりにもキレイなので、私はとても感動する。まあでも多分、どこにいても朝焼けは美しく、どこで暮らしてもそれなりに大変。電車のレールの真上でがたごと揺られながら眠ることだって、できない人にはできないのだ。定刻通りにハバロフスクの駅についた列車から、旅行客たちがどやどやと降りていく。彼女はこの駅まで友人が迎えに来ているという。私は彼女と別れる間際、一枚写真を撮らせてもらった。彼女が英語も日本語も全く話せなくて、私がロシア語をちっとも理解できないなんてことはもはや関係なかった。もしかして、最初に思ったよりずっと若いのかもしれないな、と考えながらファインダを覗いたことを今でもようく覚えている。

信じられないくらい狭い2等の四人部屋に一緒に乗り込んだ、60歳くらいのロシアのおばあさんに気に入られて、二人でベッドに腰掛けて紅茶を飲んだりお菓子を半分こしながら夜中に大陸の西の方を目指す。彼女がロッテアーモンドチョコのパクリ品みたいなお菓子をくれたので、私は薔薇の絵入りのクッキーをあげる。ハバロフスクの実家に帰るの、と言いながら彼女は私のカップにもお湯を注いでくれた。私は美術の先生をしているの。結婚していた時もあったけど、今はひとり。夫は暴力を振るう人だった。頬を殴るの、ばちんばちん、て。だから私、男の人は嫌い。特にヒゲを生やした男の人はとても怖い、大嫌い。
私たちはカップを掲げ、声を揃えて「チャーイ!」と叫ぶ。ロシア語でお茶はチャーイ。かわいくて元気になる言葉だと思う。
ウラジオストクを21時に出た列車は、翌朝の8時にハバロフスクの駅に着く。ロシアの夏の夜はいつまでも明るくて、10時を過ぎてもまだ夕方のよう。ふたつ並んだ二段ベッドにシーツを敷いて寝床を作りながら、彼女は私に1から10までの数字のロシア読みを教えてくれた。14日までハバロフの家にいるわ、ねえこの通り沿いよ。そういって私の持ってる地図に印をつける。時間があったら遊びにきてね、住所を書いておくから、ああ!でもほんと日本人て若く見えるのねうらやましい。私なんてとってもおばあさんに見えるでしょう……。
トイレに立ったついでに列車の窓から見た明け方の異国の空があまりにもキレイなので、私はとても感動する。まあでも多分、どこにいても朝焼けは美しく、どこで暮らしてもそれなりに大変。電車のレールの真上でがたごと揺られながら眠ることだって、できない人にはできないのだ。定刻通りにハバロフスクの駅についた列車から、旅行客たちがどやどやと降りていく。彼女はこの駅まで友人が迎えに来ているという。私は彼女と別れる間際、一枚写真を撮らせてもらった。彼女が英語も日本語も全く話せなくて、私がロシア語をちっとも理解できないなんてことはもはや関係なかった。もしかして、最初に思ったよりずっと若いのかもしれないな、と考えながらファインダを覗いたことを今でもようく覚えている。

by iwafuchimisao
| 2010-06-01 05:57
| BLOG

